[背景・ねらい]
雌性ホルモン作用を持つ物質(環境エストロジェン)が海域において極めて低濃度で魚類に影響を与えることが報告され、沿岸域の漁業資源や養殖業への影響が懸念されている。例えば、水中のエストラジオール17β(E2)はng/Lレベルで魚類の雌特異タンパクである卵黄タンパク前駆体・ビテロジェニン(Vg)の合成を雄でも誘導する。このような低濃度で魚類に影響が発現する要因として、暴露したE2が血中に濃縮することが明らかになった。本研究では主要な環境エストロジェンの血中濃縮とVg合成誘導能を検討した。
[成果の内容・特徴]
海水中の環境エストロジェン濃度とマハゼ雄に誘導されるVg濃度、及び血中暴露物質濃度との関係を明らかにするため、環境水中で主に検出される環境エストロジェンのE2、エストロン(E1)、ノニルフェノール(NP)、ビスフェノールA(BPA)を3週間暴露し、血中のVgおよび暴露物質の濃度をELISA法で測定した。この結果、E2は10 ng/Lから、E1は27 ng/Lから(図1)、NPは19μg/LからVg濃度の上昇が見られたが、BPAでは134μg/LでもVgは誘導されなかった(図2)。暴露した物質の血中濃度は、E2とE1は最大で環境水の約20倍、BPAは約50倍、NPは約450倍にまで高まっていた。このように、E2以外の暴露物質も血中に濃縮することでVg合成を誘導することが示唆された。また、暴露物質の血中タンパクへの結合性を調べたところ、E2は性ホルモン結合グロブリン(SHBG)と予想される分画に、BPAとNPは他のタンパク分画に結合した状態で存在した。
[成果の活用面・留意点]
本研究の結果、低濃度の環境エストロジェンの魚類における影響発現機構の一端が明らかになった。今後は、魚類において環境エストロジェンの血中濃縮に重要な役割を果たすと考えられるSHBGについて免疫学的測定系を開発し、その成長・成熟に伴う血中動態の解明を目指す。これにより、環境エストロジェンの水中から血中への蓄積、標的器官への運搬から作用発現に至る一連の過程を把握できるようになり、水中の環境エストロジェンの魚類に与える影響をより正確に把握できるようになる。
[その他]
研究課題名:魚類における性ステロイドホルモン結合グロブリンの血中動態解明
研究期間:平成16年度
予算区分:ノーステック財団研究開発補助事業
研究担当者:大久保信幸・松原孝博
発表論文等:Ohkubo N, Mochida K, Adachi S, Hara A, Hotta K, Nakamura Y, Matsubara T (2003a) Gen. Comp. Endocrinol. 131, 353-364.
Ohkubo N, Mochida K, Adachi S, Hara A, Hotta K, Nakamura Y, Matsubara T (2003b) Fish. Sci. 69, 1133-1143.
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